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熊本の「おいしい」「たのしい」「すごい」ニュース!!

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熊本県民のおおよそ10人に1人がフォロワー!/地域情報配信サイト『肥後ジャーナル』:森 亮介さん

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★くまもと偉人★

 

誤解を恐れずに言えば、特別な「戦略」はない。にも関わらず、記事の生活密着感と配信のスピード感が支持され、県内ナンバーワンのPV数を稼ぐ情報サイト『肥後ジャーナル』(https://higojournal.com/)。
同サイトを運営する河内研究所の代表、森亮介氏は、仲間を輝かせる環境づくりに目を向けている。

 

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【ここが「スゴい!」】

-飲食店のオープンや名物メニュー、人気スポットなど、県内の「旬」の情報を、いち早くレポート。1日2回という類似系のサイトでは例を見ない配信ペースで、30代を中心とするネット世代の読者をつかんでいる。

 

「ネタ探しはもっぱら、自ら街を歩くこと。僕も以前はしょっちゅう原付で街を回っていました。街に出れば、建設中であったり、募集中であったり、いろいろな掲示があちこちにある。そこから配信記事のヒントを得ています。今は仲間が増えたので僕の原付回りも減りましたが、記事のヒントは街から探すことには変わりはありません」

 

「ただ……1日2回というペースはサイト設立当初から守り続けているのですが、実は本当に大変。毎日毎日、『もう無理』と思っています」

 

 

-月間PV数(≒アクセス回数)は約70万で、UU(ユニークユーザー≒フォロワー)は月平均15~20万人という。現在の熊本県民の人口は175万人(熊本県庁調べ/2019年3月)なので、数字上は、県民の10人に1人が肥後ジャーナルのフォロワーとなる。

 

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肥後ジャーナルTOP(https://higojournal.com/)

 

 

【ターニングポイント】

-同サイトのスタートは2015年6月。最初の頃は月間PVも100に届くかどうかだったという。

 

「現在は閉店してしまった熊本初進出の大型家具屋さんの記事をアップしたときに、PVが10万を超えたんです。タイミングが良かったのでしょう」

 

-1回の記事でPVが1,000倍となり、一役脚光を浴びる。森氏のテレビ出演が続いた。

 

「僕がテレビに出始めた頃は、ちょうどインスタの急速な流行もあり、みなさんの情報取得の手段としてスマホが完全に定着していくときでした。その後、熊本復興支援のイベントとして、有名な夢の国のパレードが街中で行われた記事を出した際に、またPVが爆発しまして……今に至るフォロワーさんの基盤ができたように感じます」

 

-県内トップサイトに到達してからも、記事のスタンスや配信のペースは変わらない。このブレない姿勢が読者の期待を裏切らない。

 


【誕生秘話】

「肥後ジャーナルを始めた当初の目標は、単純に、最低限、『自分でごはんを食べられるようになること』でした」

 

-県内の学校を卒業後、東京の一般企業で営業マンとして奔走。営業成績は優秀だったものの、体調不良により入院。そのまま職を失うことになった。

 

「無職になって……漠然と、地元に根付いたことがやりたいと考えていました。それが、自分が熊本に帰る理由にもなる。入院中、確か点滴を待っているときだったと思いますが、地元情報を配信している方のニュースをたまたまテレビで見て、『これだ』と。その場ですぐにブログを開設したのが、肥後ジャーナルの始まりです」

 

-退院し、本格的にサイト運用に着手していくものの、しばらくはアルバイトとの併用で生計を立てていく。

 

「生活費は農家のお手伝いからいただく収入で、なんとか。一方で、パソコンを買うための貯金づくりはレストランのアルバイトで。最初の頃の肥後ジャーナルはスマホでコツコツ記事を書いて、投稿していました」

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【夢・野望】
-2019年4月、二度目の事務所移転。森氏ともう一人のパートナーとで始めた同サイトも、今は社員スタッフや協力者となる外部ライターを含めると、大きな組織に成長した。

 

「肥後ジャーナルという場所を、『楽しいことがやりたい』と思い、でも今はなかなか力を発揮できない人たちを輝かせてあげられる環境にしていきたい。肥後ジャーナルが単なる情報発信のサイトではなく、集まってくれている仲間たちの個性が、地元に根付いた情報として表現され、地元の活性に繋がる。自分の個性が地元の活性に繋がる実感って……仕事が楽しいと思える最高の状態だと思います」

 

「もうひとつ叶えたいのが、肥後ジャーナルを、広告収入に依存しない媒体にしていくこと。メディアの形としては、究極のところだと思います」

 

-「自分でごはんを食べられるようになること」から始めた事業が、今では多くのフォロワーとともに、熊本の中で孤高の存在感を示している。 

 

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森 亮介[もり・りょうすけ]

1992年11月19日、熊本県熊本市生まれ
株式会社河内研究所 代表取締役
(取材日:2019年4月4日)

 

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投稿:2019年4月12日(金)